労働環境が過酷過ぎる!保育士の本音

保育園や施設の勤務は、一見規則正しく進むように外部からは見えています。

しかし、中身を見ると恐ろしい過酷な勤務となっているのです。

今回は実際に私が体験した、恐ろしい保育園の勤務時間について紹介していきます。

勿論保育園も施設も経営に余裕がある所の方が少ないので、残業代などは出ても実際に頑張った残業時間の1/3の金額のみです。

頭おかしいの?保育園なのに17時間勤務?!

私が一番強烈に感じた仕事は、保育園で休憩なしの17時間勤務でした。嘘のような話ですが、本当の事です。

保育園では、保護者との信頼関係が何よりも大切になります。ですから、ある程度は保護者の要望を聞き入れる事が求められるのです。

私はクラス担任をしていたのですが、なかなか担任に心を開かない保護者が、珍しく相談を持ち掛けてきてくれました。しかし、その内容は回答するには様々な保育士の意見を聞きたいと思える相談だったので、一旦待ってもらう様にお願いしました。

しかし、その相談内容を主任保育士に報告した際に、「その内容ならたぶん保護者は凄く気にしているだろうから、なるべく早く…明日にでも伝えた方がいい」と言われました。

しかも、当時信頼関係をどうにか作れていたのは私だけだったので、その保護者がいつ来るか分からない事も手伝い、朝の開園時間である6時から待ち構える事になりました。

早い勤務の先生と勤務交代をしたかったのですが、当時行事前で忙しかった事もあり、勤務時間を計算して残業や家で持ち帰り仕事をする保育士ばかりだったので勤務交代は暗黙の了解で禁止されていました。

ですから、運悪くその日は夜までのシフトだった為、休憩も元々ろくに取れない園であった事も手伝い、最終的に行事の準備の残業も含め17時間の勤務を行う事となりました。

しかし、出たのはたったの1.5時間分の残業代のみ…。非常に辛いと感じました。

早く来てって…24時間を超える勤務

施設では、月に一回会議が開かれていました。少人数の為に全員集まる機会はなかなかなく、子ども達の事で周知したい事、新しい子どもの申し送り、何か全体に伝えたい連絡などをする為です。

その会議には絶対に全員参加で、その日の夜勤職員も当然参加になります。しかし、全員が子どもを放置して会議が出来る訳もなく、会議は子ども達が学校に行っている平日の10時から始まります。

その為、夜勤職員も朝10時から施設に集まらなければならず、会議も長引くのでそのまま15時からの夜勤に突入になってしまいます。

私も一度夜勤の日に当たってしまい、朝9時半には出勤して会議に出て、その後家が遠い事もあって帰る事も叶わずに、そのまま夜勤に入って結局帰れたのは翌日の11時でした。

夜勤が明けても、子ども達を見送った後に次の職員への引継ぎや、自分の残務整理、その頃は丁度掃除を担当していてくれた保育士が辞職したばかりだったので、施設全体の掃除も行って帰らなければならずに地獄でした。

施設でも残業代は出ない所で、完全サービス残業だったので、結局意味もなく丸一日を拘束されました。

友人の施設では、きっちりと交代時間を定めたり、夜勤自体が休憩を含めても全部で9時間もなく、会議に夜勤者は出なくていいなどの配慮がされている所だったので、本当に働く場所によると思います。

ノルマは30…地獄の設定保育

保育園に転職した後に、私は夜勤などの拘束がなくなった事で解放感に溢れていました。

しかし、そんな甘い幸せは一瞬で砕かれ、今度は膨大な量の持ち帰りの仕事の日々が始まったのです…。

私の勤めていた保育園では基本的に保育士の愛情を感じる為、何でも手作りがモットーでした。

ですから、細かい物であればおままごとに使う具材から、大きい物ではパペットやエプロンシアターまで全て手作りでした。

またその量が膨大なのも辛い所でした。おままごとは最低でも6人は遊べるように配置していたので、6人が同時に使っても大丈夫な量の具材を8種類作らされたり、子ども達の絵本を読む際の注意を惹き付けるのがいつもわらべ歌だと飽きるからとパペットを作らされた事もありました。

またそのパペットは、いつも同じ動物では飽きるからと1年で5種類は作らされました。

そしてエプロンシアターも、私の保育園では行事の際には必ず使っていたので、結局使い回す為にも5つ作りました。

エプロンシアターは今は図書館で借りる事も出来ますが、「もしもその日に借りられなかったら」「予約をしていても受け取りに行けなかったら」など、取りに行けないトラブルを想定した事と、毎年使う事を強調されて結局作らされました。

一つのパペットを作るのに、どんなに早くても2時間、エプロンシアターは1週間かかりました。

そして更に大変なのが、毎日の設定保育です。私のクラスでは、正担任が二人だったので、毎日二人で交代しながら設定保育を行っていました。

一日ごとにネタを考えて、夕方に主任に一から通すのを見て貰って合格を貰い、それから翌日の設定保育までに30人分の保育教材を準備しなければいけないのです。

ぬり絵などの日はコピーをすれば終わりですが、何かを工作する際には下準備は全て保育士が行わなければなりません。

毎日その準備に追われ、家に帰ってもゆっくり休んだ記憶は殆どありませんでした。

とにかく多い…思い出作りの品々

そして、そこに加わってくるのが思い出作りの品々です。

子どもは成長が早いので、その姿をなるべくアルバムや思い出の品に残します。

アルバムは写真を入れた後に、写真の周りを小さな星や花、スパンコールで装飾しなければなりませんし、思い出の品は手形を押すにしても30人分を押す台紙を用意しなければなりません。台紙もただの紙ではなく、可愛く縁に絵を描いた物を用意したりと工夫が要ります。

私の保育園では生活発表会の出し物の衣装も全て手作りで、30人分の衣装を作り上げなければなりませんでした。

生活発表会前は、自分のクラスが終わっても他のクラスの物も手伝わなければならないので、一週間前は一日3時間も眠れない程の持ち帰りの仕事をしていたと思います…。

勿論家で作業する分は全く給料に反映されません。

私は比較的手は器用な方でしたが、それでも全く終わりませんでした。手が不器用だったり、工作が苦手な先生達は地獄だといつも言っていました…。

中には睡眠が1時間の先生もいるなど、本当にハードな職場だったと思います。

まとめ

長時間労働を強いられるのに、残業代や超過のお金は払われないのがこの業界の悪い所です。処遇改善されない限り、この悪い習慣は残り続けるでしょう。

周りも、「私より先に帰るの?」という雰囲気を出すので余計に帰りづらく、仕事が一方的に増えてしまうのです。

自分の働いた時間がお金になる所、または業務を計画的に行い、なるべく時間内に終わらせる事が出来る所・仕事に転職してください。

転職していった保育士達も、きっとこんなやるせない悔しい思いを抱えていたのだと思います。

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